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曼珠沙華腰巻の美術世界
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ながさき8・9平和展出品作品
2012年8月9日~12日
長崎県美術館県民ギャラリー室
大きさ:150×140cm
他160点の参加者:招待:USAから20点:広島10点

ちゃんこんちゃんこんどーいどーい」 作品備考
★長崎は坂の町。坂道には様々に、地元の方だけが知る坂の名前があります。私の家の前も坂道。天地は絵を展示する時の上下という意味。天国へ繋がるような、穏かな坂が有れば、地獄に落とされるような急坂もある。坂道は美しい。偶然出遭った同士がその道を行き来する毎日。坂は美しく楽しい、そして苦しくもある。やがて・・その坂を下リ終わると・・・海へと流れていく。
★2012年8月15日新盆 ・我が家で、3人目の精霊船が出る。
纏・仏画と3人目をオクリダスために描く
船:10m・提灯59点(纏・涅槃像・提灯・船・全て流す)
遠い昔から、長崎で毎年繰り返される初盆の精霊流し・私はこれこそ、私の現代美術の根源のような思いで観ていた。お通夜から始まった故人への思いが、夏を迎えて海へ流れて行く。・・・この5月、逝った人を敬愛してやまない。このお盆の精霊流しを、私の美術として語るなら、喜んで手を振って流れてくれるだろう。親愛の方達の人生をお借りして船は海へ。
   「ありがとう・さようなら・共に生きた人生・楽しかったよ~」

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内藤修子 (作品備考)  
11月13日より
タイトル :「宇久島昭和家族 」

島の昭和、島の家族の刻:一人の女性の記憶からはじまりました。

「百年経ったら帰っておいで」

「あなたの記憶の中のご先祖の名前を書いて、思い出して下さい」
「あなたの周り、あなたの子孫で、子供の名前を書いて、ください」

普段の生活の中では、先祖を思い出すことがなくなっていると思います。
改めて名前を書くと、確かにその方はこの地に存在し、見守ってくれたことに気がつく。

幼子の子供の名前を書くのは、命の尊さを書いていることになる。

この企画は会場に筆・マジックを置いています。習字紙・障子紙に書いていきます。
島でのワークショップです。書いた名前の紙は部屋の壁に飾ります。


http://yaplog.jp/ukujima_circle/image/7/16




■「曼珠沙華飛天」F6油彩
母:「わたしは
 千々石の空の上にいて、家を見てたんだよ~
すると
家の玄関にゾロゾロゾロゾロ親戚や友達や近所の方が入っていって、仏間に座り、泣いているんだよ~
 空にいて、ここにいるよ~~泣かないでいいよ~って声を出して言うのだけど、誰にも、届かないのよね~不思議だったさ~」

私;『その夢に私はいたの~・仏間に入った方!生きてる人?死んでる人?』
『夢で帰る場所*それってさ~嫁ぎ先の千々石なのね~・生まれた愛野じゃーなかったね~』って聞きたかったけど・・・母は夢を話すとスースー寝て・それっきりだった。(雲仙普賢噴火の年)
  それから、母の姿は、いつも空を飛んで、曼珠沙華の花園にある。









骰展出品者 
   足利 桂子
   今道 信子 
   浦 のりこ     
   岡元 和正     
   柿本 静子    
   金村 孝之   
   木本 和幸
   田中 昭子 
   タナカタケシ
   内藤 修子   
   堀野 美沙子    
   松下 和代 
   三好 るり    
   吉田 隆  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
骰展≪14人≫:長崎県美術館 ABC室(無料)
2011年3月22日(火)~ 27日(日)迄。

骰展の一室での内藤修子展
タイトル:「銃後究女ノ履歴書」
■パフォーマンス「長崎祈り日和」
2011/3月27日11時から30分間
着物姿の女性たちが長崎美術館に集います。
灯りの下で繰広げられる日常の女性:刹那の世界。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▲2011年4月5日(火)~10日(日)
 :福岡市立美術館B室PSY展



ブルックホール展示作品
学生:吉田さんのパフォーマンス
撮影:内藤修子


■長崎の作家たち展
期日2010年12月16日~24日
タイピント画廊
20人
1点出品
タイトル:曼珠沙華 
大きさ:A4油彩ポード
(売却)

■チャリティーKTNギャラリー
 2011年1月12日~19日
70人
1点出品
タイトル:曼珠沙華 少女
大きさ:A4油彩ボード

■1月18日~30日
長崎歯科衛生士専門学校一年美術 作品展 
タイトル:「蜃気楼2011+15]
場所:長崎ブリックホール2fギャラリーホール
    美術講師 内藤修子
『精霊・慈悲の形』     
岡本太郎の「生命主義」生命活動こそが・・・思想のかたち。
今日の芸術はうまくあってはいけない。綺麗であってもいけない。
心地良いものであってもいけない。
既存の観念から逸脱しつづけることこそ、真の「芸術」だ。(1954年)
岡本かの子の短歌
年々にわが悲しみは深くして いよいよ華やぐ いのちなりけり
岡本太郎とかの子・「母子」をテーマに制作し続けてみた。
母と子をテーマに、やんわりと作品作りをしていました。しかし現実はもっと複雑に病み、「誰もしらない」という映画は物語で終わらない世界。幼児虐待は親の歪む心の皺寄せとなり蓄積されつつある。そのような社会の病みに向けて作品をつくると、思考回路はふっと湧いた精霊の中へ入り込んでしまった。信仰の深まりと「最後の祈り」とするならば、なんの信仰も持たない私が辿りついたものは、長崎の「光源寺の飴屋の幽霊」だった。いかなる理由があろうと、あの母親こそ、母親の真実の叫び声だ。岡本太郎母と子から始まった制作は、精霊の中に帰り辿り着いた。
そして長崎はあの光線の日、原子爆弾の悲惨な夏をあびた。
あの夏の親子に 心からご冥福をお祈り申し上げます。
2010年8月9日 内藤修子


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